ステーブルコインUSTのビットコイン準備金の関係性

はじめに

前回の記事でステーブルコインにはアルゴリズム型という無担保型のものが存在し,まだ実験的なプロジェクトですがTerra NetworkによるUSTが存在していると紹介しました.最近の暗号資産ニュースを見ているとTerraがとんどでもない量のビットコインを買い込んでいることが明らかになり,それらが3月の上昇相場を牽引してきました.将来的にはサトシナカモトの保有額を超える量のビットコイン購入を計画しており,Terraが何を考えてどういったロジックでこうした動きをしているのか気になり調査してみました.ここではその調査内容とUSTの仕組みと詳細を紹介いたします.以下はDanku_r氏のツィートを参考にしました.

https://twitter.com/danku_r/status/1509173544420356102


USTの発行の仕組み

最初に前置きとしてUSTを発行する場合にビットコインとLUNAどちらも担保としては扱われません.これはDAIやaUSDのように過剰担保を要求されるステーブルコインとは大きく異なっており,USTはアルゴリズムにより発行と焼却がコントロールされています.

USTはシステム上のアービトラージ(裁定取引)とプロトコルのメカニズムによってUSDとのペッグを維持しています.この仕組の中でLUNAが裏付け資産として使われます.

ユーザーはUSTをミント(発行)するために同じUSD相当価格のLUNAを焼却(流通から取り除いて破棄)します.逆もまた然りで,1 USTコインを焼却して1USD相当のLUNAを獲得することができます.

UST発行時のLUNAとの関係性(Danku_r氏のツィートから参照)

https://pbs.twimg.com/media/FPGkPCiXMAISHfz?format=png&name=900x900

したがって,USTの需要が供給を上回れば,USTはオフチェーンでトレードされてペッグを維持します.例えばUSTが1.01 USD相当になった場合を考えてみると以下のようになります.

裁定取引を行うシステムはオンチェーン上でLUNAを焼却してUSTを発行しそれをオープンマーケットで取引することで利益を得ることができます(0.01 USD).

もちろん逆の場合も考えられます.USTの供給が需要を上回った場合に1USTは1USD未満の例えば0.98 USDとなります.この場合も裁定取引のシステムにはUSTとUSDのペッグを取り戻すためのインセンティブが生まれます.例えば0.98 USD相当で1USTを購入すればそれを1USD相当のLUNAに交換してオープンマーケット上で売払利益を得ます(1.0 – 0.98 = 0.02 USD).

別の言い方をすれば,LUNAは金本位制のゴールドのような役割を果たしていることになります.価値の交換手段としてLUNAを使っているということです.

これはポジティブ・フィードバック・ループをLUNAにもたらします.つまりステーブルコインであるUSTの需要が増えていけば,さらに多くのLUNAが焼却されて供給サイドから取り除かれます.これはLUNAにとって上昇圧力になり価格は上昇していくでしょう(実際今年に入ってから急激に価格が上昇しています).

この上昇圧力がホルダーやバリデータのインセンティブとなり,彼らもまたリスクを負ってステーブルコインの需要変動を吸収することに協力します.

ステーブルコインの需要が収縮すれば、LUNAは発行されます.安定した需要があれば.LUNAの価格は供給面から圧力を受けて下落していきます.

ここで問題が発生します.設計上,LUNAの価格は,USTのペグを確保するためのTerraプロトコルにとって重要ではなく、アービトラージは可能です.それでも、LUNAのパフォーマンスとUSTのペッグの間には心理的なつながりがあります.

しかしこの場合はいわゆるデススパイラルへ陥る可能性があります.

USTの需要が収縮すれば,LUNAは値下がりするかもしれません.

この価格によって市場がLUNAの信用を失えば,USTの信用を失い,更に売られる可能性があります.プロトコルはペッグを保持するために,LUNA をさらに発行します.もう、お分かりですね.このサイクルが繰り返されると価格の下落に歯止めがかかりません.いわゆる取り付け騒ぎのような状態になります.まさにこれがアルゴリズム型のステーブルコインの崩壊パターンで実際IRONでは一日にして価格が42億分の1になりました.つまりステーブルコインとして市場から消滅したのです.


Bitcoinを準備金としてUST価格安定化

そこでBitcoinを準備金(裏付け資産)にするアイデアが登場します.これは自国通貨を守るために各国中央銀行が為替介入を行うときに外貨準備を取り崩すまたは外貨準備を増やすのと似た構図です.

Luna Foundation は以下のような声明を発表しました.

"【ビットコイン】は、USTからLUNAオンチェーンに出る膨張圧の解放弁として機能し、激しい収縮時のLUNA供給の希釈を抑えることでシステムの反射性を弱める[...]"

言っていることがやや分かり難いですね.では以下にBTC準備金の仕組みを説明していきます.

BTC準備金はUSTをステーブルコインとしてバックアップすることはありません.準備金は,USTの供給縮小を飲み込む市場参加者として機能することになります.

そうすることで、LUNAへのプレッシャーが軽減されます.市場の不確実性によるデススパイラルは回避されると考えられます.でも,どうやってそれを実現していくのでしょうか?

@Jumpe氏はAgoraリサーチのフォーラムで,これをオンチェーンに実装する方法を提案しました.一言で言えば 市場参加者は,ペッグを復元するためにUSTを焼却する代わりに,ビットコイン準備金とやりとりする高いインセンティブを持たせることです.このBTC準備金は分散型USTバイヤーになります.

Terraブロックチェーンに新しいオンチェーンメカニズムを追加し,常に1USTコインと0.98ドル相当のBTCと交換できるようになりました.

USTがオフチェーンで0.98ドル以下に取引された場合,市場参加者は準備金から割引価格でビットコインを購入することができます.


ビットコインリザーブとの関係性(Danku_r氏のツィートから参照)

この新しい仮想的AMM機構を“THE DEFENDER”と呼ぶことにします.
USTが0.98USDを超えるまで、暗号資産市場でBitcoinを買うのにこれ以上の(好条件)取引はありません.積立金はUSTを追加し,BTCを分配します。このように,USTペッグのためのハードストップを形成できるのです.


BTCを分配してUSTをリザーブに追加しいていく場合の流れ(Danku_r氏のツィートから参照)


BTCを使ってUSTを追加していき余剰分が全て吸い上げられた様子(Danku_r氏のツィートから参照)

USTがペッグを超えて取引されるようになると,参加者はUSTのためにプレミアムでBTCを売るインセンティブが働くようになります.

ビットコイン準備金は長期的にはLUNAの燃焼に何の影響も与えないので,これは極めて重要なことです.この仕組みは,USTからLUNAに抜ける膨張圧の解放弁として機能します.

逆の場合はUSTをリザーブから供給サイドにまた戻します(Danku_r氏のツィートより参照)


おそらく,THE DEFENDERが保有するUSTを使い果たすまで,USTの新規発行は行われません.しかし,より多くのステーブルコインを作る方法は,やはりLUNAだけであることを忘れないでください.LUNAを焼却することでしか,より多くのUSTを作ることはできないのです.BTCを経由してUSTをミント(発行)することはできません.

では、これはどういうことなのでしょうか.主な疑問点をいくつか挙げてみましょう。
USTはビットコインで担保されるのか?
いいえ、USDとのペッグを守るための新しいメカニズムに過ぎません。

USTをミントするためのLUNAの燃焼を減らすことができるのか?
いいえ,LUNAは,より多くのステーブルコインを作るための唯一の方法であり続けます.

LUNAの焼却には一つ注意点があります。将来的にLUNA焼却の一部をシニョリッジとして徴収し,THE DEFENDERの積立金を増やすということが起こるかもしれません.
これはすでにTerraのプロトコルの一部であり,コミュニティプールの資金として使われます.
ショニリッジとは通貨の発行利益のことでWikipediaで解説されています.

とはいえ、シニョリッジによってさらなる埋蔵量を生み出すためのLUNAの量は極小で,旧来のシニョリッジ捕捉メカニズムで示されたように,LUNAの焼却や価格に目立った影響を与えることはないでしょう.

まとめ

今回この一連のツイートを見てなるほどと思いました.いうなればビットコインを外貨準備のように使用してステーブルコインの価格変動を抑え込む仕組みを作ろうという狙いです.尚,TerraのCEOは怖い発言もしていてTerraのUSTの失敗はBTC市場の崩壊を示唆するようなことを言っていたらしいです(まだ未確認なのでこれから確認しようと思います).確かに100万BTCを超える規模の売り圧力が突如現れたら市場は大混乱に陥るでしょう(Terraが実際にサトシナカモトを超えるBTC保有に至ったと仮定して).つまりここまで大胆な行動に出られるのは,暗号資産業界全体と一蓮托生の決意で捨て身のビットコインロング戦略をTerraが取っているということです.いきなり崩壊するというのは考えられませんが,そこまで考えて行動していると思ったほうが良さそうです.
なおUSTはSECのハーウェイテスト的に証券と見なされる可能性は高いです.そうなった場合,どういう和解案に落ち着くのかはまだわかりません.ただこういった巨大な影響力のあるプロジェクトが動き出している現在の状況下では多国間で規制の明確化が強く望まれていると思います.早く規制面での明確化が行われてくれることを期待したいですね.


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