オピニオン:暗号資産とDeFiはシャドーバンキング2.0?
はじめに
今から15年前,米国のリーマンブラザーズの破綻から始まる連鎖的な金融危機により信用縮小を起こし世界中にその影響が波及していきました.私にとって印象に残っているのはその時にちょうどH1B Visa (エンジニアなどの高度技術を持った人材向けの就労ビザの一種です)の申請をしていて,本来なら募集定員を軽くオーバーする申請があってくじ引きになるところ2009年の4月というリーマンショックの直撃を受けた直後で各テック企業が人員募集をほぼ停止したため逆に定員割れを起こしあっさり通ったことでした.その頃は大した金融資産を持っていなかったので全然他人事のように感じていましたが,今思うとすごい時期に渡米したなと思います.幸い私をスカウトしてくれた会社は設立されてまだ4年弱ぐらいで急激に自己資本を使って成長していたので影響はほとんど受けず,むしろ業績をその後数年間で何倍にも伸ばしていきました.
しかし,そんな例は稀で世間は不景気で暗い雰囲気だったことを覚えています.またその後に政府によって問題を起こした金融機関や保険会社が巨額の税金で救済されるモラルハザードが発生し一般の人々が憤慨しその後も遺恨を残しました.その当時FRBは初のゼロ金利政策で景気を下支えようとし,大規模金融緩和が世界中で始まりついに世界の金融市場が日本化したと騒がれていました.
それから15年が経過し暗号資産が静かに生まれ,ついにDeFiという既存の金融機関の枠組みや政府のコントロールから外れた特殊な金融エコシステムが生まれようとしています.そんな中,暗号資産やDeFiに批判的な人たちはDeFiが2008年の金融危機をまた引き起こすかもしれないと騒いでいます.ではそれは本当でしょうか?今回は,Hillary J. Allen氏によって発表された以下のエッセイ(DeFi: Shadow Banking 2.0?)を読み解き考えてみようと思います.
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4038788&utm_source=pocket_mylist
エッセイの要旨
シャドーバンキング1.0
2008年の金融危機は2000年代後半から始まったシャドーバンキング(証券会社やヘッジファンド,ノンバンクなどが行う銀行を介さない金融仲介業務)によって引き起こされました.
この時はクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)や債務担保証券(CDO)が,金融危機前の住宅バブル期間中に金融機関や機関投資家などに広く拡散し,住宅価格の下落をきっかけにしたサブプライムローンの破綻からその保険であったCDS, CDOに影響が及びA I Gなどの巨大保険会社などを破綻寸前までに追い込みました.これをAllen教授はシャドーバンキング1.0と呼んでいます.
シャドーバンキング2.0
次に暗号資産を基盤にしたDeFiをシャドーバンキング2.0と命名し,貸入,貸付,保証,決済のためのDeFi上の革新的な新モデルにまつわる複雑性によってMMF, CDSやCDOが,金融危機前の住宅バブル期間中に生んだのと同じようなリスクに関する明確さの欠如を引き起こすと述べています.
またAllen教授は“複雑さが生む不透明感からリスクが好況時には過小評価されバブルを生み,不況時には過大評価されてパニックを悪化させる“と説明しました.
政府による規制の指針提言
原文
“An alternative or complementary strategy would be for Congressto adopt a licensing regime for Dapps
and stablecoins where the applicant would need to demonstrate: (i) that the Dapp/stablecoin has a
purpose that is connected to real-world economic growth; (ii) that the applicant has the institutional
capacity to manage both the financial and technological risks associated with the Dapp/stablecoin;
and (iii) that the Dapp/stablecoin is unlikely to have a negative impact on the stability of the financial system or on monetary policy.”
日本語訳
代替あるいは補完的な戦略として、議会はDappsとステーブルコインのライセンス制度を採用し、申請者が証明する必要があるとしている.(i)Dapp/stablecoinが現実世界の経済成長につながる目的を持つこと,(ii)申請者がDapp/stablecoinに関連する金融・技術的リスクを管理する組織的能力を持つこと,(iii)申請者がDapp/stablecoinに関連する技術的能力を持つことでそれらが金融システムの安定性や金融政策に負の影響を与える可能性が低いこと.
Allen教授は上記のような政府による規制を提案をしています.要するにDAppやStablecoinを開発して提供しメンテナンスする主体はライセンス制を導入しましょうということです.
既存の金融機関とDeFiの大きな違い
何よりも前者が特権的な地位を独占的に政府から与えられていることで,DeFIは完全に自由な思想のもとオープンソースのコミュニティーから有志が集まりそこに民間資本が集まってエコシステムの構築が行われていることです.2008年以降に米国政府が行なったことを思い出してみてください.当時のオバマ政権は”Too Big to Fail”(大きすぎて潰せない)と言い放ち税金による破綻の淵でもがいていた大手金融機関と保険会社を救済しました.これがBitcoinの誕生のきっかけにもなりましたし,ここが明らかに既存の金融システムと現在の暗号資産とDeFiのエコシステムが異なる部分です.
それでも現在のDeFiの問題点と希望が持てる点
一般の人々がDeFiの全体像を理解できないのは事実でしょう.ウォール街のディーラーたちが,CDSとCDOというブラックボックスにサブプライムローンを組み合わせて悪用し,自分たちの顧客に損失をもたらしたのと同様に,DeFiプロジェクトの主要メンバーたちも,その複雑なシステムを利用して不釣り合いな優位性を得ているのは確かです.ラブプル(資金の持ち逃げ),パンプダンプスキームによる相場操縦や各種の詐欺が横行しているのもそのせいです.
それでも,2008年に明らかになったあまりに不平等な特権的地位の保有者たち(銀行や証券会社)を介さず新たな金融システムを構築できる可能性をDeFiは秘めています.
Allen教授は分散化といっても徐々に中央集権的な仲介者を必要になると言っていますが,そもそもそれぐらい皆薄々感づいてきていたことであり完全な分散化は目指さなくても様々なことが実現可能でしょう.Peter Druckerも言及していましたが完全に分散化された組織というものは存在せず,フラット化されつつも必ず決定を下すリーダーシップの存在が必要であることが指摘されています.それぐらい皆,感覚的に感じ始めていることでしょう.そういった存在がEthereumのVitalik Buterinであり,PolkadotのGavin Woodなわけです.BTCも元々はサトシナカモトと呼称される集団によって開発組織としてDAOが結成されています.
今後の規制の形
法定通貨担保型のステーブルコインに関しては銀行にも門戸を広げても良いでしょう.Tetherの例が示すようにUSDとペッグさせるためには裏付け資産の透明性と監査結果の提示を義務付け厳しく規制すべきだと思います.一方で分散型ステーブルコインについては違ったアプローチによる規制が必要になります.どういった形になるべきかこれから議論されるべきでしょうが,それらは法定通貨を担保にしたステーブルコインとは別な規制枠組みで規制されるべきです.
またDapp開発に関しては,業界との対話を通じた技術革新を阻害しない規制の枠組みが必要です.いきなり法制化するのは無理があるので,現在行われているように各政府機関がDeFiの与える影響を調査し業界関係者の代表である例えばCoinbase, Kraken, a16zなどのVCと一緒に規制の枠組みを作るべきです.例えば,分散型取引所のKYCルールにしてもゼロ知識証明に基づいたID認証を導入することや,犯罪者や国連制裁に関連する口座はChainanalysisの監視ツールとブラックリストを作成し業界に資金決済の手段を提供しないことを義務付けるなどの方策が考えられます.
またコード監査とリリース前のバリデーションを義務付けて今のような脆弱性だらけの危険なコードが実世界につながる前に必要な検証作業のスペックとテストケースを定義するのは重要なことです.
いずれにせよ重要なのはイノベーションを阻害しない規制の枠組み作りで今のようなカオスな状態を少しずつ秩序だったものに変えようとする業界の努力と方向性が一致していることが望まれます.
まとめ
今回は,DeFiが2008年の金融危機を繰り返すのかという疑問を考えてみました.個人的な意見としては,適切な規制が介入すれば多分問題ないと思っています.ただし潜在的な危険性は見えないところに隠れていたりするのでそれには警戒も必要です.
またDeFiを含む暗号資産業界と既存の金融システムの大きな違いは政府による特権的な地位を保障されておらず,その中でこれだけの規模に発展してきたことです.やはり何10年もイノベーションが起こっていない業界というのは異常であり,そういう点だけでも流動性のある厳しい競争に晒されながら発展してきたDeFiの方がポテンシャルは高いでしょう.
これから世界的に暗号資産とDeFiに関する規制枠組みが作られるのは間違いありません.その時にはイノベーションを阻害しない形でルール作りが進むのを期待しています.
また既存のDeFiユーザーにとっても規制やルールが整備されることで大きな資本が流れてくることで全体のパイが大きくなり享受できるメリットは多くなっていくはずです.暗号資産とDeFiの今後の発展に期待していきたいですね.
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