国際金融秩序の再編, インフレーションとリスクヘッジとしてのビットコイン投資

 はじめに

ロシアのウクライナ侵攻が現実に起きて,G7諸国は今まで禁じ手とされていた外貨準備金の凍結という異例の経済制裁をロシアに課しています.経済制裁の効果はまだ出ていませんが,ウクライナ軍の激しい抵抗とNATO周辺諸国の軍事物資支援のおかげでロシア軍の侵攻は首都キエフ包囲までこぎ着けましたが,総攻撃をかけるのをためらっている状況のようです.キエフが仮にロシアに占領されて親ロシア傀儡政権を樹立したとしてもウクライナ全土をあの戦力で占領し続けるのは限界があるので,長期化は覚悟する必要がありますが最終的にはロシアはウクライナから撤退を余儀なくなれるでしょう(ただし東部の親ロシア地域とクリミア半島は死守すると思います).ロシアがすでにこの戦争で負けていることはYuval Noah Harari (サピエンス全史の作者)がThe guardianでの寄稿記事で紹介しています. 尚全文の日本語訳が河出書房からすでに公開されているので,そちらの記事を読んでみてください.

この戦争のによってロシアはイランや北朝鮮と同様に扱われるのは確実ですが今回のG7によるロシア側への経済制裁は大きな転換点になった可能性があります.

インフレーションの悪化

もともとはCOVID-19パンデミックの影響で始まったサプライチェーンの混乱(物流,資源の高騰,需要と供給のミスマッチ)ですが,恐ろしいことにこのタイミングでロシアがウクライナ侵攻を行ったために混迷の度合いをさらに強めてしまいました.現在起きているインフレーションの原因は明らかに原材料の高騰,都市封鎖などで製造工場の操業停止,物流の混乱といった供給制約に起因するものです.ではこれは各国中央銀行の利上げによって,抑え込むことはできるのでしょうか?私は非常に悲観的な状況だと考えています.

原材料の高騰

ロシアに厳しい経済制裁を課した影響で,原油の先物価格は最高値をつけました.これは一時的に改善しますが,今年中は上昇トレンドが続くのはほぼ間違いありません.特に欧州はロシア産ガスや石油への依存度が高くイギリスはなんとか年内に中東と米国産のLNGやシェールオイルに切り替えできても東欧諸国とドイツは数年以内に実現するのはほぼ不可能です.なぜここまで依存度を強めてしまったかと疑問が湧いてきますが,ロシア産のガスや石油はパイプラインで欧州各国に運ばれておりそのコストが圧倒的に低かったことと今までロシアが経済制裁の報復としてパイプラインを止めてこなかったからです(今もまだパイプラインは止めていません).日本もサハリンからパイプラインを敷設すれば格段に安いコストで天然ガスを仕入れことができますが,それはロシアとの平和条約締結が実現しなかったためにまったく前進せず今回はヨーロッパほど影響を受けていません(ただしロシアとのLNG開発に関しては三井物産などが大きな損害を受けました).

次に金属などの鉱物資源は,ロシアは主要なニッケル,チタンなどの供給元でもありました.チタンは限られた分野で影響は限定的でしょうが,ニッケルはEVのバッテリーからコンデンサ,チップ部品のターミナル保護層やPCBのメッキ処理などありとあらゆる電子部品に使われていますし,ステンレスや耐熱鋼材には必須の原料です.これが経済制裁で供給が細ると間違いなく高騰していきます.そのほかパラジウムなども高騰すると言われていて(すでに恐ろしい勢いで市場価格が上昇しています)製造業は大きな影響を受けるでしょう.

最後にロシアとウクライナは小麦の一大産地でこの供給が滞るということはありとあらゆる食料価格の上昇につながるということです.身近な電化製品から日用品,さらには食料の価格高騰はもう避けられない状態です.こちらは最悪のケースの場合,世界中で食料危機を引き起こす可能性すらあります.

サプライチェーンの混乱

ニュースで目にしている人もいると思いますが,ついに中国もゼロコロナ政策を維持するのが難しくなってきました.もし現在の中国共産党指導部がゼロコロナ政策の方針を固持すると都市封鎖による工場封鎖と物流のさらなる停滞で部品が出荷されない届かないという事態がこれからさらに悪化します.ロイターの記事でもゼロコロナ政策を維持する代償について紹介されています.

これは年初に経済アナリストの予想でも今年の最大リスクと言われていて,今まさに現実になってきています.まず香港でオミクロン型の感染拡大が確認されて,今深センにその波が押し寄せています.トヨタ自動車は長春の工場を操業一時停止に追い込まれてますし,これから上海,南京などの大都市圏に影響が及ぶ可能性が高いです.

インフレーションは止まらない

こういった要因が重なってたぶん金融マクロ政策だけで今回のインフレを鎮圧するのは限定的です.ちなみに政策金利の上昇スピードが早すぎると副作用として投資マネーの逆流が起こり株式などのリスク資産の暴落,企業のキャッシュフローの悪化,レイオフによる人員整理といった順番で景気循環は完全に下落モードへ突入します.ある程度需要を抑えることができますが,供給制約があまりにひどいとそれでもインフレーションが進みます.こういった状況は不景気なのに物価が上昇することになるのでまさにスタグフレーションへ突入することになります.収入は上がらないのにモノの値段はどんどん上がっていく,ついには職を失う人が出てくるというかなり厳しい状況です.


今回のロシアへの経済制裁の特異性

実はロシア以前にもバイデン政権になってから外貨準備の凍結という制裁を課されている国がすでにありました.それはアフガニスタンでご存知の通り昨年8月にタリバンによって新政権が樹立されましたが,主要各国は国家として認定しておらず米国はアフガニスタン中央銀行がNYの連邦準備銀行に保持していた米国債による外貨準備を凍結してしまいました.それらの一部はなんと訴訟になっている9・11同時多発テロの被害者遺族への補償金に当てられるようです.どういう法的根拠があってこの行為が可能なのか個人的には謎ですが,敵の資金なら勝手に押収して好きに使って良いということでしょうか.

そして今回,米国政府は禁じ手をロシアにまた行使しました.私はプーチン側の意見に賛同はしませんが,これはまさに経済戦争を仕掛けているということで,今までリスクフリー資産と考えられていた米国債の信頼を著しく毀損したと考えています.これまで米国は,米国債を外貨準備として保有する国(敵、味方問わず)にこのような凍結措置をとったことはありませんでした.それは,米国債が自由市場で取引されているからでそれを米国大統領の一存で凍結するということは米国債の信頼性を貶める行為だと認識されていたからです.実際にオバマ大統領はこのオプションを行使しませんでした.そのときの副大統領だったバイデン氏が今その禁じ手を行使しプーチン政権によるロシアの暴走を抑え込もうとしています.

明らかに現在は1971年のニクソンショックによるブレントウッズ体制の終焉,もしくは1944年のそのブレントウッズ協定の策定時期と類似しています.1944年のブレントウッズ体制とは金1オンスを35USドルで兌換する固定相場制(金本位制)のことで,2度の世界大戦で疲弊した世界経済を安定的に回復させる原動力になりました.ニクソンショックによるその放棄はベトナム戦争の戦費と国内経済の悪化に耐えられなくなったアメリカが変動相場制への移行を宣言したものです(その当時も1970年代に米国はスタグフレーションに陥っています).

今は静かにつぎの金融秩序の構築が始まったと見ていいでしょう.金はすでに上昇を始めてますし,いままで外貨準備を米国債に頼っていた国々はおそらく抜本的な見直しを始めているはずです.中国はすでにその動きをリーマンショック後から強めていますし,おそらくインドも今回の米国のロシアへの経済制裁を見て考え方を変えたはずです.何故ここでインドを例に出すかと言うとインドはまだまだ経済発展の余地が大きくGDPは今後日本を追い抜いていくと予想されるからです.中国のような急激な高齢化も起こる可能性は低いですし,若い労働者が多い特徴も成長の原動力になります.また見過ごせない点としては米国との同盟に頼らず自衛手段をもった核保有国であることです.

ビットコインの役割

米国債は今回のアフガニスタンとロシアへの経済制裁の例が示すように,これから米国大統領が大統領令にサインするだけで凍結可能なことを証明してしましました.ビットコインの場合はどうでしょうか?中国政府はビットコインを含む暗号資産のマイニングや取引行為を禁じましたがいまでも存続しています.例えば米国政府がBTCネットワークを禁止しようとしても米国,ヨーロッパ,日本の取引所口座を凍結することしかできないでしょう.真のP2Pマネーとも言えるビットコインの真骨頂がこういった事態には発揮されるわけです.実際にロシアの富裕層はルーブルをビットコインに代えてドバイでOTC市場で換金もしくは不動産購入しているようです.ウクライナ政府は世界中から寄付を呼びかけて戦費や市民への支援金を賄いました.エルサルバドルではビットコインを法定通貨と認めるだけでなく国債を発行して購入する計画を実行に移そうとしています.

今回のように米国債にすら疑念を抱かざる負えない状況になると各国政府はコモディティー(金や貴金属)によって外貨準備を確保しようとするでしょう.その時にデジタルゴールドとしてビットコインの保有が今後数年以内に検討されてもおかしくない状況です.個人や企業はインフレのヘッジ手段としてビットコインの投資を検討するでしょう.また戦争や経済制裁で銀行システムが壊滅的打撃を受けた場合は人々は暗号資産に退避して自分の資産を守ろうとするでしょう.実際にウクライナ,ロシアではUSDTやビットコインの取引が戦争開始以来,急増しました.

Microstrategy社など極端な例は別として,S&P500の上場企業が一斉に米ドルの代替手段を探しだすとしたらそれは大きなうねりとなって市場を動かすはずです.

まとめ

こういった金融秩序の再構築時期にビットコインを筆頭にした暗号資産の本格的な普及が始まったのは,偶然の一致とは思えません.明らかに世界情勢は変化しており,ビットコインを主要各国の中央銀行が保有する未来も夢物語ではなくなってきたと感じています.どういったことがこれから起こるのかますます予測するのは困難になってきましたが,何か大きなうねりが発生したことは確かです.


コメント

  1. こんばんは。
    ロシア信用失墜の一方、米国債も同様に、中国インド等の大国は保有する意義が相当下がったように思います。
    私の金融資産の大部分は全世界株式ですが、実際は全世界株式(親米企業に限る)という事実が加速してきているのは残念です。
    かといってブロック経済が進む前提で保有すべき中国側の資産は何かといっても適切なものがわからず、世の中を良い方に進めてくれそうなWEB3.0が気になる、といった心境です。

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    1. いつもコメントありがとうございます。中国とインドは外貨準備の米ドル依存の削減を考え出しているでしょうけど,まだまだ過渡期の段階でどういった資産に振り分けるか戦略を練っているところでしょう.中国は暗号資産の取引そのものを禁止しましたがインドはこれから方針転換するのではと思っています.いくつものインド発のweb3.0スタートアップが出てくれば(Polygonなんかもその一つ)国としても成長分野として注力していくことを期待しています.日本はASTARの例が示すように税金制度の面で完全に暗号資産関連のスタートアップの活動を阻害していて残念でなりません.

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  2. 国家レベルでは、通貨については、米国も中国もインドも中央銀行が発行するもの以外は認めたくないでしょうね。

    個人投資家レベルでは、分散投資の観点から、中国のGDPの大きさを考慮したとき、何か中国側の資産を保有するべきかとどうかと考えた次第です。親中的な国の不動産?(笑)

    インドへの分散投資としての意味で、Polygonは面白い考えですね。

    ASTARの日本の税制の記事読みました。日本では問題があったのですね。

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    1. 中国への分散投資は私は考えたことありませんでしたが、米国や日本に居住する限りは米国政府の規制からは逃れられないので選択肢はほとんどない気もします。UAEなどは独立路線なので不動産投資を行うには良いかもしれませんがリスクは高いですよね。それと中国の急速な高齢化は注視すべきポイントで共産党政府が有効な施策を取らなければ10年後にはゆっくりと衰退へのトレンド転換が始まるかもしれませんね.

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